Grass Roots

東日本に生まれ育った彷徨える民として
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ブログの再開
長い間放置していたこのブログを再開することにした。

3週間余り前の3月11日に起きた東日本大震災。地震、津波、そして原発事故。
そのことについて考え、語り合い、金も力もない個人でできる限りのことはしてきたが、自分自身の考えをまとめるには、ブログがいいのではと思うようになった。

一時連絡が取れなくなっていた仙台に一人で住む老いた母や、石巻で暮らす友人の安否は確認できて安堵したものの、その被災の規模を知るほど、つらさが増していった。今は交渉もなくなっている、数多くのかつての同級生や隣人が、その被災地のどこかに確実にいる。一人でも多くの無事を祈るばかり。そして、助かった人たちの多くも家や仕事場や、いろんな生活基盤を失った。これから先どのくらいの時間がかかるのかわからないが、彼らに平穏な生活が戻るようにしたい。

今回の地震が私にとって大きなものになったのは、もちろん幼い時を過ごし、親族や友人・知人もいる東北が被災地であったことが大きい。しかし、その地震・津波によって引き起こされた福島原発の事故は、東京に暮らす私にとって人ごとではない。原発を支持してきたわけではなかったが、結果的にその存在を容認して、北海道から九州まで全国各地にそれが建設されることを許してきた。しかも首都圏には1基の原発もないが、東京の住民である私は、福島や新潟という東京電力の給電範囲から離れた所で作られた原子力の電気を平然と使い続けてきた。

これからの生活のあり方、そして何ができるのか。
政府高官でも、資産家でも、学者でもない私にとっては、「参謀本部」や「復興院」のような議論はただ眺めるだけだが、一庶民として異議申立が必要な時にはする心づもりだ。
だが、このブログは基本的に自分のために書く。この時にこんな風に考えた、という記録。そして、やったこと、やらなかったことの確認のために。

このブログに以前書いたものを見ると中には赤面ものの内容もあるが、その時の気持ちなのだからしょうがない。愚かさも、考えの足らなさも、今だって変わらない。失敗や人からの評価など、もはやどうでもいいことだ。皆、そのままに残しておく。
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