Grass Roots

東日本に生まれ育った彷徨える民として
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震災からもう7か月だが
震災から半年以上が過ぎても、何か時間が止まったような感覚がある。
津波の被災地がこれらからどうなるのか、
どんな町が再建され、そこがどう再生していくのかが、見えてこない。
被災地から離れていて、情報が少ないせいだけとは思えない。
何かが欠けているような気がする。

そして原子力発電所の事故と放射能汚染も、
この震災からの再生の大きな重石となっている。

これらのことについては、また改めて書きたい。
今日は、連れ合いが10月1日に宮城県の被災地を訪れたときの写真を載せる。
震災から半年以上が過ぎているのである。

石巻1
石巻(集められた瓦礫)
瓦礫とはいやな言葉だ。
一つひとつの物を見ていくと、それがかつて生活の用を足していたものだったことがわかる。それらが根こそぎ流されて瓦礫となった。

石巻2
石巻市(集められた車)
車も使えなくなってしまった瓦礫の一種だ。
瓦礫になってしまっても、簡単にスクラップにはできない。

石巻3
石巻市(木の屋石巻水産の巨大缶詰)
かつては誇らしく工場の前に立っていた巨大缶詰。
震災の日から倒れたまま、いまだに横になっている。
ここは漁港のそば、多くの水産加工場があった。
私が子どもの頃は、漁港は北上川の河口にあり、この辺りは浜だったけど。

石巻4
石巻市(湊地区)
私が行った4月頃に比べると瓦礫の多くは片付けられ、空間が広がっている。
その分、建物はぽっかりと穴があいたよう。
後ろに見えるのは、たぶん中瀬に残った石ノ森萬画館の屋根ではないか。

南三陸1
南三陸町(公立志津川病院)
この病院にも津波が押し寄せ、多くの患者さんや医療スタッフが亡くなった。
今では仮説の診療所で診療が再開されているが、医療スタッフが足りないそうだ。

南三陸2
南三陸町(夕暮れの防災センター)
この防災センターの遠藤未希さんのことは多く報道されているが、建物の中からは全く外が見えなかったらしい。
鉄骨だけが残った建物に津波の猛威を感じる。
潮が満ちてきて、地盤が沈下した一帯が浸水している。
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コメント
from: Mulberry Village   2011/11/02 1:06 AM
楢木 祐司君!…御活躍、嬉しく思います。
40年前の同級生より。
from: ならきゆうじ   2012/01/20 10:04 AM
今さら、気づくのもなんだけど。高校じゃなくて、中学の同級生じゃないか。Mulberry Villageをそのまま訳せば「桑村」か。よかったらメールをください。
from: ならきゆうじ   2012/01/20 10:07 AM
というか、メールアドレスを教えてください。
コメント欄のemailのところにアドレスを入れてくれるとうれしい。
ブログの画面上にはアドレスは表示されないです。
from: Mulberry Village   2012/12/11 9:00 PM
お久しぶりです。
私も今更、ですが&#8226;&#8226;&#8226;。
貴方からの返信があったとは知りませんでした。
申し訳ないと思います。
取り敢えず、email 入れておきました。パソコンは苦手なものでiPhoneのてすが&#8226;&#8226;&#8226;。
では、御身体には気をつけて。
from: Mulberry Village   2012/12/11 9:09 PM
早速、ゴメン。
メルアド、間違っていました。
こちらで、お願いします。
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