Grass Roots

東日本に生まれ育った彷徨える民として
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失ったものは取り返せないが、これ以上かけがえのないものを失わないために
大晦日だ。

この1年間、特に3・11以降の日々は、
私たちの日常を別の世界に追いやった気がする。

「絆」が語られ、身近な人々との普通の生活がどんなに貴重なものかが見直される一方で、
大きな不信と分断が、私たちを包んでいるように見える。

多くのいのちが失われ、地震と津波に破壊され尽くされた土地。
壊れてしまった原発の、「収束」できない放射能汚染。

私たちは死者を悼み、
被災して生活の基盤を失った多くの人が、
再び日常を取り戻すことを願う。

けれども、取り返せない分断の傷跡が、
あちこちで軋んでいる。

たとえば、福島の「有機農家の叫び」(ひぐらし農園のその日暮らし通信より)。
だれも、福島の農民を追い詰めたいとは思っていない。
けれども、幼い子どもたちに少しでも放射能に汚染されていない食べものを探して、
将来の危険を減らそうとすると、少しでも放射能汚染の少ない地域のものをとなる。
「福島」を見殺しにしないために、何ができるのか。

一方で、多くの母親たちが、子どもたちを守ろうとさまざまな発信をしている。
根拠のない数値により安全と言われても、
何かの結果が起きた後では、取り戻せない現実。
これまで多くの低線量被爆者の実態が知らされないまま、
「確率の低さ」ということで「安全」とされてきた。
基準値より低いから大丈夫とは思えない不信の構造。

私たちは、ロシアンルーレットの拳銃を突きつけられているようなものではないか。
たとえ弾が一発しか入っていなくても、運悪くそれに当たったらいのちがない。
その銃口をつきつけられ続けて、生きていくのはつらい。

これらの困難は、だれの責任なのか。
どうすれば道は開けるのか。

だれが何を支配しているのか。
私たちは何に対して「忠良な臣民」なのか。

放射能で傷めつけられたうえに、
さらに多くの税金まで搾り取られようとし、
海外との競争に勝つためにと生業を奪われ、
名ばかりの「主権者」となっている、私たち。

取り戻そう、未来のために。
創りだそう、生きつづけるるための世界を。
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